第4章 夜の片隅で

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「やっぱ俺、ちょと見てくるわ」
 美月はなかなか戻ってこなかった。携帯にも出ない。自分たちもいっしょに、という宮地と相良を広間に残し、圭介は廊下へ出た。
 広間を出たところでもう一度携帯を鳴らしてみる。しばらく待ったが、耳元でコール音が虚しく鳴るだけだった。美月の携帯番号は宮地に教えてもらったのだが、美月のほうは圭介の番号は知らない。もしかしたら知らない番号から、ということで出てくれない可能性もある。諦め、携帯を仕舞う。
 とりあえずロビーへ下りてみようとエレベーターに向かいかけたところだった。
「黒川!」
 振り返った圭介が目にしたのは、近づいてくる大きな段ボール箱だった。正確には上半身をすっぽりと覆い隠すほどに大きな段ボール箱を抱えた男子生徒、だ。
「河野、か?」
 段ボール箱の向こうからひょいっとよく日に灼けた顔がのぞく。案の定、だった。
「なんだよ、そのでっかいの」
 圭介が尋ねると、河野は「ああ、これ?」と、ずり落ちそうになっていた段ボール箱を膝で器用に押し上げ抱え直した。
「後でさ、ビンゴもやるからその景品。一個こっちに持ってくるの忘れてて取りに行ってたんだ」
「そか。んじゃ、ま、がんばって」
 早々に切り上げ立ち去ろうとしたところで「あ、おい」と河野が声を上げる。
「綾瀬、あれからまだ戻って来てないのか?」 
 河野もまた美月が呼びだしをくらったときにその場にいたことを思い出す。
「ああ。あまりに遅いからちょうど今、探しに行こうとしてたとこ」
 河野は「そうか」と言い、それから「んじゃ、ま、ちょうどよかったかも」と誰へともなく呟いた。
「……なんだよそれ?」
 低く尋ねた圭介に河野は一瞬、しまった、というような表情をした。あー、とか、えー、とか言いながら誤魔化すように視線があたりをうろつくが今更、だ。
「言えよ」
 河野は観念したように「じつは、さ、」と口を開いた。
「王様ゲームするっていうの、どっかから聞きつけた奴らがいて、それで、そのう、そいつらにちょっと頼まれたりして、さ」
 濁されたその部分に、すぐにピンとくるものがあった。
「チョンボしろって?」
「いや、俺は断ったよ」
 圭介の言葉に、河野は慌てたように声を張り上げた。
「断ったし、山本と水沢にもそういうことするんじゃねーぞ、って。けどあいつら、勝手に何人かの引き受けたみたいでさ」
 「そういうこと」というのは、どうせ、お気に入りの女子とペアになるように取り計らってくれといった裏工作だろう。
 山本と水沢というのはおそらく河野と共に壇上に上がっていた実行委員だ。顔は見たことはあるがそれだけだ。よくは、知らない。河野がそういった不正を快く思わない性格であることはよく知ってはいるが。
「……それで、そのう、そのなかに綾瀬の名前もあって、さ」
 ここにきて、くじ引きのときの意味深な河野の視線の理由が判明した。       
「なるほど、ね」
「わるい」
 ここにきて、くじ引きのときの意味深な河野の視線の理由が判明した。
 段ボールを抱えたまま、河野が「わるい」と、ぎこちなく頭を下げる。
「べつにおまえが悪いわけじゃないだろ」
「いや、でもさ、どれだけおまえが綾瀬にご執心か知ってる身としては、さ」
 思わず言葉につまる。
 たしかにそうだ。そうなのだが。
 圭介は美月に対する想いをとくに隠すことなく、むしろ全方面にオープンにしていた。だが、それを改めて他人の口から聞かされるというのはとてつもなく気恥ずかしいものなのだ、と今更ながら気付かされる。
「ほんとわるい」
 どちらかというと正義感が強いタイプである河野はさらに謝罪を重ねる。
「いや、分かったからもういいって」
 じゃあ俺行くから、とさっさと退散しようとしたところで、「あ、それとさ!」と、またも呼び止められる。
「なんだよ」
 自然、言葉には棘が立つ。一刻もはやく彼女を探しに行きたいのだ。すでにエレベーターのほうへと向かっていた意識はだがしかし、河野の次の言葉に思わぬ強さで引き戻されることとなった。 
「進藤、知らないか?」
「……進藤?」
 尋ね返したタイミングで、会場で大きな笑い声が弾けた。ゲームは大いに盛り上がっているようだ。
「いや、女子がさ、進藤先生もゲームに参加させてくれって言うんだけどさ、」
「いない……のか?」
「ああ。気がついたらいなくなっててさ。女子がぎゃーぎゃーうるさいし、荷物取りに行きがてらその辺り見てきたんだけど見当たらなくてさ。ったく、教師のくせに一体どこほっつき歩いてんだか」   

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